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 23,2011 雀の親子 READ MORE

 21,2011 池の畔 READ MORE

 19,2011 Corona Extra READ MORE

 16,2011 我が町の史跡探訪③ READ MORE

 15,2011 我が町の史跡探訪② READ MORE

 14,2011 我が町の史跡探訪① READ MORE

 12,2011 東山動植物園③ READ MORE

 10,2011 東山動植物園② READ MORE

 08,2011 東山動植物園① READ MORE

Last Shot ②

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雀の親子

もうすぐ紫陽花の季節...

池の畔

キショウブパロットフェザーライギョスズメアオスジアゲハ...

Corona Extra

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我が町の史跡探訪③

【長久手の戦い】4月9日午前10時ごろ、ついに両軍が激突。両軍入り乱れての死闘は2時間余り続いた。戦況は一進一退の攻防が続いたが、昼ごろ家康の本営に突進した森長可が鉄砲隊の銃弾を眉間に受け討死。この辺りから一気に徳川軍有利となった。池田恒興も自勢の立て直しを図ろうとしたが、永井直勝の槍を受けて討死にした。池田元助も安藤直次に討ち取られた。恒興49歳、元助26歳であった。池田輝政は家臣に父・兄は既に戦場を離...

我が町の史跡探訪②

【徳川軍の進軍】この頃 家康は羽柴軍を分断するために迂回し、長久手を見渡せる色金山に着陣。そこで別働隊の桧ケ根での敗退を知る。‘色金山歴史公園’園内の展望台展望台から望む御旗山中央が御旗山、その右側が桧ケ根家康が軍議を開いた際に腰をかけたと言われる床机石家康は桧ケ根の堀秀政勢と岩崎城の池田恒興・森長可勢との間を分断するために御旗山と呼ばれる高地へ前進。御旗山の頂上に金扇の馬標を立てた。 秀政は家康の...

我が町の史跡探訪①

【Prologue】天正10年(1582)6月織田信長が家臣明智光秀の手にかかり本能寺にたおれた。残された遺児や家臣らによる後継者争のなかで最初に駆け出した羽柴秀吉。秀吉は明智光秀を討ち(山崎の戦い)、柴田勝家を破り(賤ケ岳の戦い)、次第に天下統一への階段を昇りつめていく。こうしたなかで信長の次男 信雄は日に日に強大になる秀吉の勢力に対し、しだいに身の危険を感じるようになり、織田信長の同盟者であった徳川家康に助け...

東山動植物園③

‘Flowers’...

東山動植物園②

 ‘世界のメダカ館’...

東山動植物園①

 ‘Animals’...